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福岡高等裁判所 昭和37年(ツ)17号 判決

理由

上告理由(二)第一点について。

原判決引用の第一審判決の理由によれば、上告人(被告、控訴人)及び第一審共同被告(控訴人)浜田秋義の両名は、村道工事遂行のため金策方を訴外吉井栄次に依頼し、同訴外人はさらにこれを被上告人(原告、被控訴人)に依頼したので、被上告人の斡旋によつて訴外船津部落の代表者が上告人及び浜田秋義の両名に対し、昭和二二年四月一〇日頃船津部落所有の金二万円を、利息の定めなく期限七日の約束で貸与し、結局上告人及浜田秋義は、それぞれ同部落に対し金一万円づつの貸金債務を負担したところ、上告人らにおいて債務の弁済を怠つたので、船津部落で問題となり、被上告人は浜田秋義からその債務弁済の委託を受けたため、また、上告人からは右の委託を受けなかつたけれども、貸金の斡旋をした関係もあつて、上告人らのため昭和二六年五月二五日貸主たる船津部落に対し上告人らの債務金二万円を立替え弁済したとの事実を証拠によつて適法に認定し、被上告人が上告人のために金一万円を支出して上告人の債務を弁済したのは、反証のないかぎり民法第七〇二条の有益費の支払に当り、被上告人は上告人に対し、有益費の償還を請求しうると判断したことが明らかであり、原審のこの判断は相当である。

ところで、右に見るように、債務者から金策の依頼を受けて、債権者との間の消費貸借の成立を斡旋したに過ぎない第三者が、債務者の委託を受けないで、弁済期後債務者のために貸金債務をいわゆる立替え弁済した場合は、第三者は債務者に対し、不当利得として利得の返還を請求しうることあり、立替え弁済と同時に債権者の承諾を得て債権者に代位しうることあり(民法第四九九条参照)、あるいは、債務者に対し費用の償還を請求しうることあり(同法第七〇二条参照)、第三者である被上告人は右のうちの一つ、ないし全部を請求原因として債務者に訴求しうべく、被上告人が民法第四九九条の規定によつて、債権者の承諾を得、これに代位して訴求する場合は、被上告人の請求する債権は当初の貸主である船津部落の有した債権がそのまま被上告人に移転したものに外ならないので、所論のとおり両者の債権は同一性を失わないから、代位による債権は格別の事情のないかぎり、その当初の弁済期である昭和二二年四月一七日頃から一〇年を経過した昭和三二年四月一七日頃消滅時効によつて消滅するものというべきであるが、被上告人の本訴は右の代位弁済を請求原因とするものではなく、従つて原判決もこれにつきなんらの判決をしていないので、論旨(イ)点は原判決の判断しない事項を前提とするもので理由がない。

第三者が義務なくして借主のため、借主の貸主に対し負担する既に弁済期の到来している貸金債務を立替え弁済した行為を事務管理となし、これに基づいて第三者が借主に対し有益費の償還を請求する場合の有益費償還請求権は、立替え弁済という事務管理によつて成立する新たな債権であつて、期限の定めのない債権として、いつでもその弁済を請求しうるものであるから、それが民事債務であるときは、立替え弁済の時から一〇年の時効によつて消滅すべく、最初の貸金債務の消滅時効期間とかかわることはない。また、事務管理が本人に利益であるか否か、本人の意思に反するか否かは、事務管理をなした当時の事情によつて決定さるべきである。従つて立替え弁済という無用な干渉がなかつたならば、借主の借用金債務はその後時効によつて消滅し借主はなんらの債務も負担しないで済んだ筈であるのに、立替え弁済があつたばかりで借主が新たに有益費償還請求債務を負担するという不利益を被る第三者の行為(立替え弁済)は、事務管理になり得ないという論旨は、立替え弁済によつて貸金債務を免れたという事実を忘れ、かつ依然貸金債務の存することを仮定して事務管理成立後の仮定的事情を援いて事務管理の不成立を主張する独自の見解であつて、事務管理制度が一面本人の利益を保護するとともに社会連帯、相互扶助の理想から事務管理者の利益をも保護するものであり、本人の利益は社会の利益に適応したものであることを要する(特段の事情のないかぎり、第三者のなす債務の立替え弁済は、この意味において事務管理となるのである。)ということを見落した論で、論旨(ロ)も採用しがたい。

上告理由(二)の第二点について。

本件記録並びに当裁判所昭和三七年(ツ)第一六号(加治木簡易裁判所昭和三三年(ハ)第一七五号)事件記録によれば、被上告人及び森永静は共同原告となり、上告人及び浜田秋義を共同被告とし、加治木簡易裁判所に貸金請求の訴(以下前訴という)を提起し、右共同原告らは昭和二二年四月一〇日共同被告らに対し金三万円を、利息の定めなく、期限一週間以内、共同被告らはこれを連帯支払う旨の約で貸与したのでこれが支払を求めると主張したところ、昭和三四年五月一五日の口頭弁論期日において、被上告人は右貸金の請求を放棄し、森永静は共同被告らの同意の下に貸金請求額を一万円に減縮したこと、本訴は、これを前訴と対照すれば、前訴において貸主を被上告人と主張したのを改め、貸主は訴外船津部落であると主張した上、上告人が船津部落から昭和二二年四月一〇日頃借用した金一万円を、被上告人において昭和二六年五月二五日立替え弁済した事実を原因とし事務管理に基づく有益費の償還を請求するものであることが明らかである。されば、前示貸金事件の請求の放棄は、上告人自身が貸金債権を有しないことについて確定判決と同一の効力を有するにとどまり、本訴請求になんらの影響を及ぼすものでないことがまことに明白であり、また民事訴訟法第二三一条の二重起訴禁止に当る訴が係属している事実は存しない。論旨は理由がない。

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